緑の楽園

2週間前、家庭菜園を始めた。

生活形態が変わってしまったので、去年までのように自宅の畑でどーんとは出来ないけれど、それでも何かは作りたいとホームセンターで買ってきた栽培キットを使い、ベランダでこぢんまりと育てている。

種まき後、気温が低い日が続いていたので予定より少し遅くなってしまったものの、少しずつ芽が出たり、葉っぱが大きくなったりしていてとても楽しい。

 

以前、初めて大根を作った時、こんな小さな種だったのがちゃんと大根になっている!と驚き、たいへん感動した。

その経験が私にとってはすごく大きかったので、小規模でもいいからどうしても野菜作りを続けたくて、今年も頑張ってみている。

今までは苗を植えていたものも、今回は全て種から育てているので、これまで以上に愛着が湧きそうだ。

 

土が盛り上がってきたかも?

葉っぱが一回り大きくなってきたかも?

そんな小さなことでも、野菜たちが毎日少しずつ成長しているのがわかり、とっても嬉しくなる。

毎日成長している野菜たち。

対して私は、毎日成長できてるいるだろうか?

数字で言えば1%にも満たない変化かもしれないけれど、野菜たちは確実に毎日成長を遂げている。大きくなろうと頑張っている。

私も野菜たちのように毎日少しでいいから成長したい。家庭菜園だって、前日と同じ状態が長く続くときはなんとも言えない気持ちになる。

そんな中、芽が出た、葉っぱが大きくなった、そうした変化があるとこんなに嬉しいのだから、もし今日の自分が昨日の自分よりちょっぴりでも成長できたら、それはもうお祝いしていいくらい大喜びな出来事なのでは?

そんな事をふと思った夕方の水やりだった。

 

 

新生活もぼちぼち落ち着いてきた最近。

環境が変わったし、新しい趣味を探す意味も込めて図書館に行ってみた。以前と違い、徒歩で行ける距離にあるのはありがたい。

ただ近所にあるのは分館で、置いてある本は圧倒的に少なく、ジャンルも限られている。ちょっとだけ残念。

とりあえず数冊借りてきてみたものの、まあそんなに続かないかもなというのが正直なところだった。

 

そしてまた別の日。

今度は本屋さんに行った。特に買いたいものがあるわけではなかったのだけれど、せっかく都会に出て来たので大きい本屋さんを覗いてみようかなと。

するとこちらでは、気になるタイトルを何個も発見することができた。それも1つの棚に複数個。一歩進むたびに、面白そうとか興味あるかもと思う単語が並んでいて、すごくワクワクした。

 

図書館と本屋。同じ本を扱っている場所なのにどうしてこんなに違うのだろう。

例えば料理本についても、図書館のものより本屋さんの商品の方が私にはキラキラして見えたし、手に取りたくなる雰囲気があった。

売り物だから、そういう陳列がされてるから、というのはもちろんあるだろうけど、図書館の本だってかつては同じように書店で売られていた立派な商品。本としての価値は変わらないはず。

にも関わらずこんなに違いがあるのは、タイトルの力が大きいのではないかと思った。

本屋さんに並んでいるのは、今を反映したタイトルたち。今、この時に生きている人々に向けられた言葉たち。

でも図書館にあるのは、当時の顧客に向けられた言葉たち。

だから、今、現代の私の心にはあまり引っかからなかったのではないか。そんなことを考えた。

またそれと同時に、私は今の人なんだなという驚きも感じた。

子ども時代、誰しも一度は経験があるであろう「みんな持ってるから!」

「みんなって誰?」

というやりとり。大抵の子はそれでも粘るか、ケチ!と思って終わるかだと思うのだが、私はどちらでもなく、ただ心に大ダメージを受けて、みんなと同じ=流行り物=ダメなものと変な方程式を作り上げ、あらゆる“今”を否定するひねくれ少女になってしまった。

文房具もキャラクターも服も、色んな“今”を否定し罵倒し拒絶してきた悲しき10代。

大人になるにつれてかなり丸くなったけど、なんとなく“今“が良くないものという感覚は抜けきらず、ちょっと良いなと思うものがあってもすぐには全肯定できないという厄介な性格に悩まされている。

そんな自分だからこそ、現在売られている本のタイトルに心惹かれる私は「ちゃんと今を生きてる人だった」という新たな発見に驚いてしまった。

強度弱めのガラスのハートの私は、些細なことで落ち込み、たくさんの勿体無い生き方をしてきた。そんな過去を取り戻すことはできないけれど、だからこそ、これからの時間は自分の気持ちを大切に、できることはやってあげたいと思い始めている。

という考え自体が、“今”よく言われているものだったりするから、気づいていなかっただけで私もずっと今を生きてる人だったのかもしれない。

歌とガトーショコラと大正ロマン

移住にあたり、親交のある方々ともお別れすることになった。

中でも特に関わりが多かった3人からいただいたプレゼントが今日のタイトル。

元合唱部の女の子は、私が今日で最後だからと私たちが所属するグループのテーマ曲をみんなで歌おうと提案してくれた。

幼馴染の作るガトーショコラが美味しくて毎回喜んでいた私。なんと送別会に合わせて2ホールも焼いてきてくれた。(今チョコ高いのに...!)

絵が上手な女の子は、寄せ書きの真ん中に私の大好きなハイカラさんを描いてくれた。実は数週間前、卒業式じゃないけど自分の中の節目として袴で写真を撮りたいと思いまさにこの格好をしていた私。びっくり&嬉しすぎてその子にだけはこっそり袴の写真をお見せした。

 

きっとこれらは本人たちにはごく自然にできることで、どちらかというと得意なことだったと思う。

みんなが自分のできることを無理なくやってくれただけ。だけどそれはとっても素敵で、粋なことだった。そして私にとっては涙が出そうなくらい大きくて嬉しい出来事だった。

そして思ったのだ。「これでいいんだ」と。

自分に出来ることをしただけでも、人の心はこんなに動くのだ。

 

みんなのことが大好きだったから、私も自分なりに一生懸命向き合ってきた。

ただ不器用だから、ちょっと無理してしまった時もあった。

だけど今回の出来事で、そんな生き方をもう少し変えてもいい、変えた方がいいと思った。

今後の生活では頑張りすぎてひっくり返っても起こしてくれる人はいない。そもそもひっくり返らないように支えてくれる人もいない。

だけど、自分にできることをやっていればまたこの3人とのような関係を築くこともできるかもしれない。

1人目の女の子が寄せ書きにこう書いてくれた。

「新しい場所でも楽しんでください」

私はすぐ頑張ろうとする。なんでもかんでもとにかく頑張ればいいと思ってしまう。

でもそれと同じくらい、楽しむも大事なことかもしれない。特に私のようなタイプには。

みんな本当にありがとうございました。

今日は移動日、明日から本格始動。

楽しむね!

【番外編】

ブログに書くことではないとわかっているけど、他に書く場所がないので今日は特別に書かせて欲しい。

これは私の最推しへ宛てたお手紙。

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○○○○へ

あの時、ドラッグストアに貼られていた広告のポスターで一目惚れしてから早20年。

ずっとずっと、一番大好きな存在です。

学校生活が辛かったとき、狂ったようにCDを聴き、音楽番組を録画し、DVDを見て振りを覚えました。

普段のお小遣いでは買えなかったベストアルバムも「今なら買える!」と修学旅行中に2形態ばっちり購入しました。笑

20代で念願のライブ参戦を果たしたときは、目の前に来てくれるという奇跡が起こりました。(本当に頭おかしくなるかと思った)

解散報道が出た時には眠れなくなったり朝から号泣したり、家族に本気で心配されたけど、なんとか生き抜いてきました。

昨年初めて手術を受けた時も、台の上で脳内再生してたのは全部貴方の曲です。

私の人生の楽しいときも苦しいときも、いつも支えになってくれていました。

そして今、自分の希望に反して泣く泣く引っ越しをする必要があり、もう何日も無い中で夫がインフルエンザになるという大ピンチ。

とにかく現実から目を逸らしたいこの瞬間に、やっぱり支えになってるのは貴方の曲や出演されてるドラマです。

荷造りの合間にドラマを見てるときは、不安や引っ越したくない気持ちなど色々なものを全部忘れて、本当に全てから離れて"好き"の世界を生きることができています。

そして鑑賞後は満たされた心で、また頑張ることができています。

こんな存在は他にいないです。

自分でもこんなに?!って思うくらい、ほんっとうに好きなんだなと今回改めて思いました。

もう表舞台に出てくることはないのかもしれないけど、それでもずっと、私の最大の最愛の推しです。

○○○○だいすき!ありがとう!

サンキュー、ミラノ。

今回のオリンピック。

真剣に見てるわけでもなく、朝のニュースで結果を知る程度だが、なんだかいいなぁと感じている。

一生懸命頑張る姿は素晴らしいし、美しい。

選手のこれまでのお話とか聞くとさらに感動して、数週間前まで全く知らない人だったにも関わらずもらい泣きしそうになってしまう。

私の生活で世界を目指すとか勝ちを取りに行くとか、そんなことはまずないのだけれど、

「オリンピックでメダルを獲るには才能と努力と運が必要だけど、ダイエットは才能も運も関係なく達成できるよね」

と思ったので、私は私の目標に向かってこれからも一生懸命頑張ろうと思う。

感動とやる気をくれたオリンピック。

ありがとう。

期間限定

数年前、夫が長期の出張に出ることになった。

当時は結婚して2年ほど。私の実家近くのアパートを借り、穏やかな日々を過ごしていたところだった。

私は当然のように夫が単身赴任すると思っていたのだが、なんと彼の両親の持ち家が近くにあり、2人で生活できるので一緒に来て欲しいとのことだった。

そこからあれよあれよと話がまとまり、結局私は見知らぬ土地に10ヶ月ほど滞在することに。

義両親もときどき来てくれるし、ここより圧倒的都会で楽しいこともいっぱいあるから、と言われたものの、正直前向きな気持ちにはなれず出発が近づくにつれ毎日不安で泣いていた。

それでも、こんな機会はきっともうないから期間限定の生活を悔いなく楽しもうと決め、なんだかんだ充実した日々を送り、無事我が家に戻ってきた。

 

そして今、再びその土地に赴く話が出ている。しかも今度は出張ではなく、完全移住。

夫の転職に伴い、そちらの地域へ引っ越す話がまとまりつつあるのだ。

以前は期間限定だからと頑張れたものの、定住となると事情は大きく変わってくる。

住み慣れた地元を離れるのが寂しい。

両親・家族と離れるのが寂しい。

祖母はいつまで元気でいてくれるだろう。

こだわり尽くしたマイホームを捨てたくない。

最高の環境で家庭菜園ができていたのに。

失うものがありすぎて、ただただ辛い。

しかもこの話が本格化したのはつい最近のこと。あまりにも急な展開に全く心が追いつけていないのが現状である。

 

私の実家はちょっとおかしいくらいに仲が良く、いまだに続けている家族行事がたくさんある。まさかこんなことになるとは思っていなかったから、去年だって、一つ一つのイベントを当たり前のように過ごしていた。適当に流していたわけじゃないし、楽しかったし、何か後悔があるわけでもないのだけれど。

それらをもう出来なくなってしまったことが、しかも突然そうなってしまったことが、すごく悲しくて寂しい。

 

出張に着いて行ったときは、いつも終わりを意識して過ごしていた。あと何ヶ月、あと何週間。最後には少し寂しさも感じるほどになっていた。

だけど、自宅に戻ってからはこの生活が終わるなんて意識は微塵もなかった。

家を買って、自分好みにリフォームして、最高の環境でおばあちゃんになるまで生活できると思っていた。本当にそう思い込んでいた。

期間限定なのはお菓子だけじゃないのだ。

 

ちょっと寂しい考え方かもしれないけれど、今あるすべてについて、この世にいる間の期間限定と思って大切に大切に、後悔のないように接していきたいと思った。終わりがこないものなんてないんだと思い知らされた今回、もし新しい生活が始まってもそのことを常に意識していたい。自分に関わってくれるすべてに感謝と尊敬の心を持って、満足して終わりを迎えられる生き方をしていきたいと思った。

(※例外として「愛はいつまでも絶えることはない」という言葉は信じています)

思春期に他人の悪口言ってる奴ちょっとこっち来い

風邪をひいたかもしれない。

朝からくしゃみ連発してるし、体が少しざわざわする。

この風邪の原因は、マイナス気温でも、アイスバーンの道路でも、警報級の積雪でもない。

わたしが10代のときに言われた悪口である。

 

あの頃、世の中にレギンスというものはなく、あるのはタイツ、スパッツ、ももひきだった。

そしてそれらは全て「ダサい」ものだった。

 

しかし私の親はダサい<防寒の人だったので、15歳の私にもジャージの中にタイツまたはスパッツを履くよう指示した。(私の地元では中学生はみんな指定ジャージで登下校する)

もちろん、私は嫌がった。

だって恥ずかしかったから。

ただそれは心の中での話。親にそんなこと言えない気弱な子だった私は、大人しくジャージの下にタイツを潜ませて過ごしていた。

それでも体育の日だけは、NOタイツにしていた。いついかなる場面でそれが見えるかわからないからだ。万が一のことを考えて親に内緒でNOタイツデーをしていたが、これがうまくいかず、ばれる度になんで履かないのか、履かなきゃだめでしょと怒られた。

そのうち親に色々言われるのも面倒になり、体育の日はスパッツを履くことにした。そして休み時間にトイレでスパッツの裾を極力引き上げるという仕込みをした。これなら親に文句も言われないし、体育のときも安心していられる。我ながらいい考えだと思った。

しかし、このタイツ・スパッツ生活に慣れたある日のこと、私はこの仕込みを忘れてしまったのだ。

体育の授業が始まり、準備運動でしゃがんで膝を伸ばしたその瞬間、私の足首だけが真っ黒い布で覆われていた。

「やってしまった....!」

と思うのと同時に

「あいつ、ももひき履いてる!」

という声が響いた。日頃から私に嫌がらせをしてきていた苦手なあの子の声が。

反射的にスパッツを引き上げたものの、もう手遅れだった。

 

タイツもスパッツもダサいことに変わりはないが、ワースト1はももひきなわけで。彼女の言葉は私を攻撃するのに十分すぎるものだった。

自分の意思じゃないもん!ももひきじゃないもん!お母さんのせいだもん!!

心の中で必死に叫んだところで、誰にもその言い訳は届くわけがなく、以来私はももひきを履いてる中学生と認定されてしまった。

 

恥ずかしい。

 

そして30代の今。すっかり寒さに弱くなった私は正直ズボンの下にタイツを履きたい衝動に駆られていた。隙間風が辛い。せめてハイソックスを履くべきか。

それでも過去の出来事がある以上、どうしてもそこまでの防寒対策を避けたい気持ちがあった。せっかくNOタイツでも怒られなくなったんだから、もう絶対にダサいことはしたくない。(親は今でもタイツ履きなよと思ってるだろうけど)どんなに寒くても、私はNOタイツを貫いてみせる。

その結果、ワイドパンツの隙間風に耐えられなかった私は結局風邪を引いてしまった。

 

10代の体にタイツもスパッツも不要だったことは事実だと思う。

親は体のことを気にして愛情で言ってくれていたのだろうけど、それでも寒さの感じ方は年齢によって違うわけで、親と子が全く同じ形の防寒をする必要はなかったと思っている。ましてや思春期の子どもにとって「ダサい」は1番のレッテルである。ばかにしてきた側はなんにも覚えてないかもしれないけれど、あの時私が受けた傷は深く、実際現在の生活にまで影響を及ぼしているんだから恐ろしいことだ。

 

その後、各種あったかインナーが登場し、レギンスが市民権を得て、みんなが当たり前に中の防寒をするようになった昨今は、いい時代だと思う。あんなにダサいと言われた黒タイツも高校生になったら定番化していたし(中学で制服に黒タイツを履いているとやっぱり周りから叩かれた)、今は肌色の極厚タイツまであるらしい。きちんと防寒しながらおしゃれを楽しめる。素直に素敵なことだなと思う。

なにより、老若男女みんながそれをしているという事実。きっと今の10代はなんの抵抗もなくあったかインナーを使っていることだろう。もちろん、NOタイツ派も残ってはいるだろうけど。

現代ならではの苦労も多いと思うけど、この点については今の10代が羨ましい。

 

いつもと違う物騒なタイトルになってしまった今回だが、何を言いたかったというと、思春期の悪口の影響はとてつもないということ。悪口なんて子供でも大人でも老人でもみんなすべきではないんだけど、なかでも思春期の経験はその後いくつになっても自分の思考や行動に影響を与えてくる。あの時「ももひきはいてる」と言われなければ、私はいま風邪を引かずに済んだかもしれないのだ。

そういう酷いことをする人がこの文章を読むことはきっと無いのだろうけど、もしこれを読んでくれているあなたが悪口を止められる立場にある時は、ぜひ止めてあげてほしい。

命を絶たせてしまうほどの傷でなくても、思春期の傷はその後の人生でずっと付きまとってくる。「ダサい」とか「うわっ」とか、言った側がすぐに忘れてしまうようなひと言こそ傷になるのだ。そんな苦しい思いを抱えた人を増やすのは、もう終わりにしてほしい。